新日本ビルサービス株式会社

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公開経営 2007.7

記事執筆:太田美和子(フードマーケット・クリエイティブ)
発行:社団法人公開経営指導協会 2007年6月10日(P10~12より引用)


 環境サービス提供者として事業を拡大する『新日本ビルサービス(株)』

 内橋克人著『共生の大地に』に、ウオパカ・ファンドリー社という鋳物工場が登場するくだりがある。同社は経営がどん底の時にも社員全員を雇用し続けた。「私が船長でいるかぎりぜったいに船が沈むことはない、そう全社員が信じた。(中略)、そう信じたからこそいまがあるんです」と、ゲイリー社長は語っている。
 従業員を抱える企業が“沈まない船”であることは絶対命題だ。ゲイリー社長のように鋳物一筋で航海する道もある。また、今回紹介する新日本ビルサービス(株)のように、自らの事業を広義に解釈することで縦横無尽さを発揮する道もある。
 いかなる企業にとっても、自分の歩む道が行き詰まりそうな局面に、自らの事業を広く捉え直してみる機会を持つことが必要なのかもしれない。

●「環境サービス」を軸に業務拡大へ
 新日本ビルサービス(本社・埼玉県さいたま市)はビルの清掃から設備管理、さらにはプロパティ・マネジメントまで幅広く営んでいる。新日本グループの企業で、設立1950年のクリーニングの(株)武蔵屋が親会社にあたる。この武蔵屋から、1968年『リースキン』製品レンタルの新日本セシオが興り、さらに93年に新日本ビルサービスが誕生している。
「ひとつのグループでここまで幅広くやっているところはあまりありません」と新日本ビルサービス代表取締役社長の関根一成氏が語るとおり、武蔵屋も、新日本セシオも、その業務内容は新日本ビルサービス同様に幅広い。
 武蔵屋は、ホームドライクリーニングからスタートしたが、その後、国鉄(当時)と取引を開始し、鉄道リネンサプライを手がけるようになった。1964年の東海道新幹線開通の際、新幹線の車両で使用するリネン類のクリーニングを請け負ったのは、武蔵屋である。以降、鉄道以外の産業クリーニングにも手を広げている。その他、ユニフォームや消毒ナフキンのレンタルも展開する。
 新日本セシオは、岐阜県の(株)トーカイから誘いを受けてリースキン事業を始めた。これは、お客様の身の回りをきれいにする点(同グループでは『環境サービス』という言葉を使っている)においてクリーニング業と共通する。
 「あまり自分たちの商売とかけ離れたことはするな」と、創業者・関根直幹氏は生前語っていたというが、まさに『環境サービス』という共通テーマを同グループは有しているわけだ。
 そして、新日本ビルサービスもまた、ビルの清掃という方向から『環境サービス』の提供を開始した。

●顧客からの要望で新事業をスタート
 新日本ビルサービスを興したのは複数の理由があった。
 第一に当時、浦和と大宮の合併が構想されていた。政令指定都市・さいたま市が誕生すれば、地域はさらに発展し、多くのビルが建設されるはず。そうなればビルの清掃の需要は確実に高まるという読みがあった。
 そして第二に、新日本セシオの顧客である各種店舗から清掃などの要望も寄せられていたことも設立のキッカケとなった。恐らく顧客からすれば、新日本セシオの仕事は店内を清潔に保つ仕事。店舗の清掃も同分野の仕事と考えたのだろう。
 企業側は扱い商品・サービス、作業工程の都合から自社の業務内容を限定するが、利用者側は企業側の都合とは一切無関係なところから発想する。その発想に遭遇したとき、「できない」ではなく、「やってみよう」とする姿勢が同グループのDNAに組み込まれているのではなかろうか。とにかく、新日本ビルサービスが設立された。
 社長には、新日本セシオの専務取締役をやっていた関根一成氏が就いた。一成氏は直幹氏の長男で、27歳の頃から父親と二人三脚で新日本セシオを経営してきた。若い一成氏にもう一苦労させようと、新会社の経営の一切を一成氏に任せた。新日本セシオから社員3人が移動し、わずか4人でスタートを切った。

●清掃プラス保守・点検・修繕へ
 顧客の獲得にあたって、新日本セシオの顧客リストに頼らなかった。新築物件を一つ一つ飛び込み営業していった。
 化学雑巾類では飛び込み営業が基本だ。新日本セシオでその営業力を培ってきたから、自信があった。ビルメンテナンス業でもそれを活かせば、多くの顧客が獲得できると考えていたが、その予想は外れた。
 ネックとなったのは、見積もりだった。通常、業界では㎡単価で見積書を出す。同様の方法で見積もりを出したが、より安価な見積もりを出した企業が採用される。思ったほどには採用されなかった。
 「m2いくら」「一式いくら」では、客先にはわかりにくいと感じていた。清掃の費用のほとんどが人件費である。洗剤などの材料費は定期清掃など大規模な時でも10%未満。日常清掃だと5%にも満たない。
 そこで、予測した人件費と材料費、それに20%の利益をプラス。それら項目を明記して見積書を提出することにした。「これはお客様からは分かりやすいと評価していただきました」。そして、徐々に採用数を増やしていった。
 少し、大きな物件でも採用されるようになると、以下のことが分かってきた。大型の建物では、電気、空調、給排水、浄化槽などの保守・点検・修繕を別々の専門業者に依頼しているのだ。もちろんこれらは『環境サービス』。同時に、顧客にとっては、煩雑な作業だ。「当時、それらを少しずつやり始めていましたから、一括で請け負えると提案しました」と関根社長。
 こうして、店舗やビルの清掃に加え、ビルメンテナンスへと、業務の幅が広がった。その後、さらに、SC全体の運営管理を行うプロパティ・マネジメントを請け負うようになる。

●同社を支えるパート社員の人づくり
 プロパティ・マネジメントを手がけるようになったのは、あるSCのディベロッパーから声がかかったことがキッカケだった。採用に当たり、10数社によるコンペが行われた。もちろん、この時、同社はプロパティ・マネジメント業の経験はなかった。
 「当社はビルのメンテナンス会社ですが、当初からサービス提供業だと思ってやってきました。ですので、これも決して別分野ではなく、むしろ一体のものだと思えました。それに、サービスを提供することはもともと大好きですから」と関根社長は笑う。
 このSCの場合、商業施設の管理だけでなく、支配人の派遣も必要だった。このSCが地域のコミュニティセンター的な場になるべくイベントに力を入れたいと考えていたから、イベントの企画力や運営力が求められた。
 コンペの結果、同社が選ばれた。「自分たちの手作りイベントがやりたいのです」と関根社長。このSCの意を汲み、地域に密着したイベントを開催し続けている。それを企画・運営するのは、同社が派遣している支配人たち。たとえば、『地域の達人』というイベントが好評を博した。地域には自分の腕や技の発表の場を求める人がいる。そういう人を募って、発表してもらい、観客に採点してもらう。上位には賞金が授与されるという趣向だ。
 「施設の維持管理だけでなく、集客も業務の一環としてやる」(関根社長)ようになって、4年半が経過した。イベント企画・運営のノウハウは社内で着実に構築されてきている。
 また、リテールサービスといって、チェーン店を巡回して保守・点検・管理を行うサービスや、ホテル客室のハウスキーピングや設備管理を行うホテルサービスにも着手し始めている。
 これら各種現場で働く社員の多くはパートタイマーである。同社では『さわやか社員』と呼んでいるが、現在、約830人が在籍する。彼らの研修でも、『環境サービス』提供業であることを認識させることに力点が置かれている。
 たとえば、新規契約先での業務開始前に実施されるスタートアップ研修会では、担当の『さわやか社員』を集め、その施設のオーナーなどにお願いし、施設を建てた経緯や想いなどを語ってもらっている。これは、「単にお掃除をしているのではない。それだけの想いを持って建てられた建物を(その建物の)社長と同じような気持ちで大事にしなければ」(関根社長)という気持ちを持つことを意図したものだ。
 以上、同社の発展の経緯をたどってみた。自社の事業を環境サービス提供業とみなしているからこそ、顧客対象が個人から企業へと広がった。また、顧客が抱える問題が見えやすく、問題解決の提案もしやすい。その提案の範囲も幅広くなりうることが、分かる。
 そして、それは確実に顧客獲得や業績につながっているのだ。
2007年6月10日
|カテゴリー|メディア掲載